「ルシフェル」

 子猫が親を呼ぶようなトーンで、私の名が紡がれる。そんな調子で私の名を呼ぶ者は他にいないから、私は否が応でも期待してしまう。地上から救いを求めて叫ばれる我が名よりは余程心地がいいからね。
 面白がるように腕を組むと、イーノックは小さく手招きをした。私に向かって『来い』とはいい度胸だ、などと皮肉を交えながらそろりと近寄る。彼は満足げに微笑むと、自分の隣の地面を軽く叩いた。座れ、ということらしい。
 言われるがままに腰を下ろす。すると、彼の頬が私首筋をさらと撫でた。

「君の肌は冷たくて気持ちがいいな」
「おいおい、何の真似だ」
「天界は勿論いいところだけれど、暑くて仕方がないんだ。常に陽が照っているからか」

 微かに汗ばんだ香りがする。イーノックの体温が、心音が、ひりつくような痛みを生む。血脈とはこんなにも熱いものだったか。

「……天使には体温がないからね」

 無邪気な表情で擦り寄ってくる彼にあらぬ感情を覚えながら、薄笑いと共にするりと身を引いた。むう、と不満げな表情のイーノックを肘で小突いてやる。

「お前の体温は私には高すぎる。肌が焼けてしまうよ」
「君の肌が?!」

 冗談だ、といって呵々と笑ってみる。相当な時間を掛けてから、イーノックは自らがからかわれたということに気付いたらしい。
 甘い非難の声をやり過ごしながら、私は手元で愛用の傘をくるくると弄ぶ。それでも、触れられた部分は未だにじんじんとやけに痛んだ。




血脈

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