「君は本当に敬虔な信者だな」

 呆れた調子で私が言うと、イーノックはぱっと輝くように笑った。

「君にそう言われるとは光栄だよ、ルシフェル!」

 私は残酷な笑みを浮かべて、彼にとっては至上であろう喜びをせせら笑った。私の言葉に潜ませた棘など、どうせ君には気付けまい。純真無垢というのは時に罪深いな、と私は眉を顰めた。神への賛美を惜しげもなく並べようとするイーノックを遮るように、ずいと顔を寄せる。

「なあ、敬虔な信者イーノック」

 きょとんと瞬きをする彼の耳に、そっと唇を近付けて。

「では、君は姦淫の罪さえ知らない、ということだね」
「か、かかかっ……?!」

 くくっ、と笑いを奥歯で噛み殺して、私はするりと腕を回す。
「おお清らかな使徒、哀れな信者よ。
 君の思慮深さは敬いに値するが、快楽さえも神が与えた喜びだと気付ければ」
「き、君は私に堕落の道を示すのか!」
「話を聞きなさい、まったく。
 ――つまりはね」

 爪先で彼の頬をなぞる。彼はびくりと身を跳ねさせて、硬直したまま私をねめつけた。
 その姿はまるで、蛇に睨まれた子羊。

「君は、そろそろ気付くべきなんだよ。イーノック」




盲目の罪

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