「また、無防備な……」

 涎を垂らしながら幸せ面で寝こけているこの人間を見ていると、無垢さとは幼さなのかと錯覚してしまいそうになる。私は苦笑いを浮かべて、仰向けに大の字になっているイーノックの傍へ歩み寄った。
 よほど疲れているのだろう。荒い砂利の上に横たわっているというのに、身動きひとつしない。大口を開けた阿呆面に笑いを噛み殺しながら、静かに横へ腰を下ろす。

「イーノック。風邪をひくぞ」

 声を掛けても聞く素振りすらない。
 まったく。仕方のないやつだ。これでは幼子の世話をさせられている気分だよ。
 私は浅い溜め息をひとつついて、両翼をふわりと広げた。全ての羽根をゆったりと伸ばすと辺りに微風が舞い起こる。ああ、また随分と抜けてしまったな。下界の空気はどうも天使の体には馴染まないらしい。
 広げた6枚の両翼を大きく開いて、赤子のように眠るイーノックを包み込んでやる。私の羽根が頬に触れた瞬間、彼は微かに身じろぎをして、それからまたすぐにむにゃむにゃと呆けた寝言を吐いた。

「次は無いぞ」

 小さく囁いて、私も並んで目を瞑った。
 眠りの真似事をする自分を酷く滑稽に思いながら、しかし彼を抱き寄せた私の両翼はやはり喜んでいるようだった。




天使の両翼

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