チョコレートにミンスパイ、生クリームの乗ったカップケーキ。四つ目のカヌレを頬張りながら、イーノックの碧眼は傍らに佇む大天使を見つめている。  生きるための食事を必要としない高尚な生き物は、柔らかで、それでいてどこか冷えたような瞳でこちらを見つめている。  口の中でほどけていく、最早しつこく感じられるほどの甘みを木偶のように享受しながら、イーノックは作業的に口を動かしていた。 「私は」  ルシフェルが薄い唇を開く。 「どうやら君を愛しているらしい」 「そうか」  青年は短く応えて、また手元の贈り物にかぶりつく。何せ、目の前にはノルマがまだまだ山となって積み上げられているのだ。  ルシフェルは兎のように目をくるんと下げ、彼の唇を一瞥する。 「君を愛したいが、愛し方が分からない」  イーノックは答えない。 「私は全てを君に与えることができるんだ。君が望むもの全てだ。君が私に求めれば、それは君のものになる」 「君は、天使だからね」 「だが」  大天使は瞳を伏せる。睫毛の先に光の粒子が宿ったように見える。 「それは本当に、愛せているということなのだろうか」  青年は賢明で、他のどの人間より優れていた。だからひとつだけ肩を竦めて、手元のカヌレを半分に割った。  その片割れを偉大なる大天使へと差し出して、青年は目尻を下げる。 「しかし、二つの方がいいに決まっているじゃないか」  泣けない天使はくしゃりと表情を崩して、泣き笑いのような顔で片割れを受け取った。不格好なカヌレが天使の唇に触れるまで、あと数刻。




▲戻る