僅かな快楽を奪い合うように貪っている。
 一人と一匹は互いを気遣う振りをしながら、ただ自らの利を追い求めていた。熱の塊は容赦なく突き入れられ、その度に苦しげに息が吐かれた。

“馬鹿馬鹿しい”

 天使は思った。浮かぶ苦悶の表情を、まるで快感に溺れているかのように偽装する。呼吸は乱れない。
 一定のリズムで律動している腰元のイーノックは辛そうに顔を歪めたまま、部屋のランプの灯をちらちらと揺らした。打ちっぱなしの白い壁に黒い影が伸びる。

 馬鹿馬鹿しい、とルシフェルは再度思った。

 悦楽の火は集中を切らせばすぐ吹き消えてしまいそうなほど儚げで、彼には鈍い熱が中と外を出入りしているだけにしか思えなかった。気持ちいいとはお世辞にも言えない愛撫を仕方なしに享受している。
 もうどれほどの時間こうしているのだろう。組み敷かれているだけの彼には見当がつかなかった。

 ただ分かるのは、不毛な行為に身をやつしているということだけだ。
 無骨な手が思い出したかのように身体を這い回る。性急過ぎる動きに天使は美しく眉を顰めた。快感を呼び起こすでもない、ただ撫でるだけのそれ。
 仕方なく喘いでやりながら、ルシフェルは静かに瞼を閉じる。

“気持ちいい訳があるか、下手糞め”

 ああ馬鹿馬鹿しい。汗は冷え、氷のようになって背中を伝う。
 ぞくぞくと毛羽立った皮膚をイーノックの熱い手がなぞっていく。
 こんな行為に意味など無いのだ。分かっているはずだろう。

「ルシフェル、るしふぇる」

 さも愛おしそうにイーノックが囁く。

 途端ずくりと胸が疼いた。
 甘く名前を呼び返してやりながら、嗚呼、馬鹿なのは私だ、と天使はまたひとつ喘いだ。




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