「チョコレートは、」
とメタトロンが口を開き始めたので、ルシフェルはうんざりと頬杖をついた。
「元々はカカアトルという飲み物で、苦くて青臭いだけのシロモノだったんだ。それを甘く飲めるように改良し、塊に固めたものが今の主流というわけだ」
「それ、私が教えてやったことだろう、メタトロン」
黒髪の天使が唇を尖らせるので、メタトロンは可笑しくてたまらない。偉大なる大天使はゆったりと翼を広げながら、喉の奥でくつくつと笑ってみせる。
「いいじゃないか、ルシフェル。私がこうして知識をひけらかせるのも、君相手だけになんだから。大人しく付き合ってくれ」
「壁にでも話し掛けていろよ」
「君が壁に妬くかと」
「言っていろ」
ルシフェルは頭を抱えた。
まったくこいつときたら、普段は真面目を気取っているくせに、二人きりになった途端こうなのだからタチが悪い。いつもどおり寡黙でいさえすれば、そう見られない顔でもないのだが――彼はちらりと目をやった。ちょうど視線がぶつかって、バツの悪い思いをする。
「で」
赤目を俯かせながら、天使が首に手をやった。
「なんでチョコレートの話なんか」
メタトロンはにんまりと笑った。両手を顔の前で組みながら、ほくそ笑んだ顔でルシフェルを見つめる。
「地上の今日は何の日だろうな、ルシフェル?」
「人間の暦など知ったことか」
狼狽しつつ、大天使が吐き捨てる。メタトロンは動じない。
「いいや。君は知っているはずだよ。今日が聖バレンタインの祝日で――君の手の中にチョコレートがあることもね」
天使は驚いて目を見開き、続いてぱくぱくと口を動かした。何かを二、三言いたげだったが、どれも声にはならなかった。暫くの間、ルシフェルはそうしていたのだが、ようやく諦めがついたらしい。彼は大きく溜め息を吐くと、
「降参だよ」
言いながら、パチン、指を鳴らした。
メタトロンの脳天にチョコレートが降ってくるのは、あと数刹那後のこと。
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