通された披露宴会場には虹色の垂れ幕がいくつも下がっている。オーロラのような素材でできたそれは揺らめく度に色を変化させた。
 あまり目に優しくない素材のそれを何とはなしに眺めていると、一羽のアークエンジェルがつつつと寄ってきて、さも親しげに耳打ちをしてきた。
 クチバシが耳に刺さる。痛みはないが鬱陶しい。

「美しいでしょう。新郎2人が旅をした地上を模した装飾だそうですよ」

 少なくとも私自身はあんなド派手な背景を作った覚えはない。
 さぞかしセンスのない輩の仕業だろう、などと半ば嘲るような気持ちで視線を動かす。すると視界の端の方で、何故だかエゼキエルが皺だらけの頬を紅潮させている。彼女の枯れ枝のような指が天幕を指した。

「ああイーノック……私の心が喜びに泣いています」
「君の仕業か」
「まもなく御入場です」

 パパパパーン。パパパパーン。
 お決まりの結婚行進曲がパイプオルガンから流れ出す。全ての参列者は己の両目を入口の扉へ向けた。閉め切られた扉の僅かな隙間から、白い光が幾筋も射し込んでくる。雰囲気は十分に結婚式そのものだ。だが、実際はどうだろう。むくつけき男同士の天界婚姻など聞いたことがない。
 音楽は更なる盛り上がりを見せる。どこからともなくフラワーシャワーが舞い始め、オーロラの天幕がゆらゆらはためく。否応なく高まる空気の中、重々しく扉が開かれた。
 興奮のあまりばたばたと羽ばたきながら、司会のアークエンジェルが叫ぶ。

「新郎2人の御入場です! 拍手でお迎え下さい!」

 神の息吹きを利用したスモークと共に、主役は光をまとって現れた。わっと歓声があがる。しかしそれも束の間、逆光に慣れた目に飛び込んできた姿は想像を遥かに超えたものだった。

 レースがふんだんにあしらわれた胸元。パニエの詰まったスカート。無骨な手は薔薇のブーケを握り締め、ベール越しにはにかむ顔。鎖のように互いの腕を絡め合い、異色のカップルはスポットライトに照らされる。
 そこには純白のウェディングドレスを着た大天使と書記官が、有無を言わさぬ仁王立ちを展開していた。
 開きっぱなしの口の中が渇いてぱりぱり貼り付く。

「なんだ、これは……」

 彩り豊かな花びらをかき分けながら、にこやかに二人が手を振る。ビーズの飾りがしゃらしゃら音を立てて何とも不気味だ。第一、肩幅からして似合う訳がない。
 書記官の褐色の肩から鎖骨は剥き出しで、胸から切り返したデザインのドレスを身に纏っている。
 一方、誇り高き大天使はふんわりと空気を含んだ丸袖に、きゅっと締まったウエストデザイン。当然のことだが彼にくびれがあるはずもなく、ドレスは彼の凶悪な腹筋を目立たせるだけだ。何より、あのデレデレと緩みきった表情といったら。
 唖然としているのは、この状況に疑問を抱いているのは、果たして私だけなのだろうか? 拍手は鳴り止まない。天使達はやんやと騒ぎ立て、指笛を吹く者さえいる。
 いや、待て待て。落ち着けアザゼル。彼らは単に地上の事情について疎いだけなのだ。あの『ウェディングドレス』という婚礼服が、本来は女性専用だと知らないだけではなかろうか。そうだ、そうに違いない。

 地上に造詣が深い者ならば、必ずや。

 最後の望みを掛け、エゼキエルに目をやる。

「まあまあまあ! なんて美しいのでしょう!
 素敵よイーノック、素晴らしいわルシフェル!」

 少しでも彼女に期待を寄せた数秒前の自分を殺してやりたかった。エゼキエルはまるで孫を見る眼差しで男新婦2人へ熱烈なラブコールを送っている。ならない指笛にも果敢に挑戦する彼女を見ていると、何故だかこちらが間違っているような気分にさせられる。いっそ何もかも捨て去って、阿呆踊りに徹した方が良いのだろうか。
 そこで光を持たぬナンナがエゼキエルの裾をちょいと引く。

「ねえお婆ちゃん。2人はどんな格好なの?」
「この世で最も『いい装備』よ、ナンナ」

 前言撤回。
 未来ある子どもたちの限りない将来の為にも、私だけでも正気を保たなければ。
 もし今後何かの間違いがあって地上に生まれることがあれば、私は必ず青少年教育に携わることにしよう。罪のない子どもたちを正しい道へと導いてやるのだ。私は小さく決意を固め、強く拳を握った。

 新郎2人(と、この場合は呼んで構わないのだろうか。新婦2人とは口が裂けても言いたくはないが)はそのまま一段高くなったメイン席へと進み、お付きの天使に促されるがままに腰を下ろした。柔らかに広がるドレスが2人分並ぶ光景は圧巻というか、むしろ圧迫感を呼び起こされる。ルシフェルとイーノックはそのまま照れ臭そうに互いの顔を見つめ、はにかみながら微笑んだ。ああ通常ならさぞかし心温まる一瞬だろうに。
 司会は咳払いをひとつ。場が静まりを見せた瞬間を逃さず、高らかに式の始まりを告げる。

「ただいまよりイーノック・ルシフェル御両名の御披露宴を始めさせて頂きます。
 まず本日のこの華々しい日に際しまして、ご媒酌の労を自らお取り下さいました、我らが全知全能なる神より新郎2人の御紹介をお願い致します!」

 再び拍手喝采が巻き起る中、高級スーツを爽やかに着こなした神が周りに会釈しながら立ち上がった。勿論洗濯糊はばりっと効いている。すかさず進行役の天使がマイクを差し出すと、神は慣れた手付きでそれを受け取った。

「ルシフェル、イーノック、この度は結婚おめでとう。
 君達が結婚すると聞いたときは本当に驚いたよ。あまりの驚き引っくり返って、もう少しで地上を洪水で水浸しにするところだった。
 ルシフェル。君のビニール傘の世話になるところだったよ」

 HAHAHA! 爆笑の渦に巻き込まれる観衆。
 笑い転げて会場の床を這いつくばる者や、笑いの発作でテーブルの上のシルバーを薙ぎ倒してしまった者さえいる。さすが全知全能の神、天界ジョークのセンスまで一級品だ。
 私も一応場に合わせて笑っておく。はっはっは、と空笑いを声に出していると、管理職の厳しさが波のように襲いかかってきた。私はあまりジョークに明るくない。もう少し天界ジョークに長けていたなら、私ももう少し出世できたかもしれないのだが。まあ、今更言ったところでどうしようもないことだ。

 片手で場を静め、神は続ける。

「メインイベントも控えているし、私の話は手短に済ませよう。説教など教会へ行けばいくらでも聞けるだろうしね。(HAHAHAと再びアメリカナイズドな笑い)
 2人の紹介をさせてもらうよ。
 ルシフェルは天使として生まれ、その非凡なる才能から大天使の座にまで上り詰めた、いわば飛びきりのエリートだ。ジョークの通じる優秀な天使であることは、皆もよく知っているだろう。
 かたやイーノックは人間ながらにして素晴らしい信仰心と清らなる魂を持ち、更に地上を浄化するという偉業を成し遂げた努力の天才だ。
 そんな2人を一言で表すのならば」

 神はおどけた様子で決めポーズを作り、ウインクを飛ばす。

「さすが私の被造物、といったところか」

 いいぞー! 神ー! なんて野次が飛び交うこの天界は、既にどうかしてしまっているのかもしれない。地上に帰りたい。

→次へ(現在執筆中)

←前へ

▲戻る